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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)1912号 判決

奈良市登美ケ丘五-一-一三

上告人

黒田重治

右訴訟代理人弁護士

溝上哲也

東京都港区芝浦一丁目一二番三号

被上告人

三菱油化産資株式会社

右代表者代表取締役

桝田好平

右訴訟代理人弁護士

上村正二

石葉泰久

石川秀樹

田中愼一郎

右当事者間の大阪高等裁判所平成四年(ネ)第三四八号特許侵害差止並びに損害賠償請求事件について、同裁判所が平成五年六月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝上哲也の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成五年(オ)第一九一二号 上告人 黒田重治)

上告代理人溝上哲也の上告理由

第一、原判決には、特許法七〇条の解釈適用を誤まった法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は、本件発明の構成要件A「表面が平板状で、裏面には複数の嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体の、」にいう「嵌合用段部」は、成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定されるか否かという争点に対する判断において、「本件発明における嵌合用段部について検討する。」(原判決三枚目裏五行目)として、(一)明細書の発明の詳細な説明の記載、(二)本件発明出願前公知の先行技術及び引用公報記載の先行技術との対比、(三)脚部材に嵌合されるキャップの実施例について三点にわたって検討した上(原判決三枚目裏六行目から六枚目最終行まで)、「本件発明において、成形板本体の裏面に形成される『嵌合用段部』は、成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものをいい、これに限定されると解するのが相当である。」と判示している(原判決七枚目一行目から三行目まで)。

二、しかしながら、原判決の右判示は、特許請求の範囲の項に記載された用語の意義を、何ら特段の事情がないにもかかわらず、発明の詳細な説明の項に記載されている内容を用いて限定的に解釈したものであり、この点において原判決には特許法七〇条の解釈適用を誤まった違法があるというべきである。以下、その理由を述べる。

1 特許出願の願書に添付された明細書に記載される特許請求の範囲(特許法三六条二項四号)の項については、特許法三六条四項に、「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定されており、発明の詳細な説明の項等と区別されている(特許法三六条二項各号)ので、特許請求の範囲の項の記載の意味内容を解釈するには、その記載のみに従い、他の項の記載等を考慮すべきでないことが原則であることは、当然のことである。そして、特許法七〇条は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定しており、右原則が技術的範囲の画定にも適用されることを明らかにしているのである。

従って、特許発明の技術的範囲の画定に当たっては、特許請求の範囲の項に記載されている用語の意味が発明の詳細な説明の項に明確に定義されている場合を除き、特許請求の範囲の記載のみに従って解釈すべきであり、他の項の記載等を用いて限定的に解釈することは許されないものと解すべきである。特に、実施例は、一般に発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないから、これに拘束されて技術的範囲を画することは許されないと解すべきである(実施例不拘束の原則)。

2 右のように、技術的範囲の画定に当たっては、特許請求の範囲の項の記載のみに従って解釈することが原則であると解すべきことは、判例上も明らかにされている。

すなわち、最高裁判所昭和四七年一二月一四日第一小法廷判決(民集二六巻一〇号一八八八ページ)は、「特許請求の範囲の訂正が許されるかどうかを判断する前提として、特許請求の範囲は、ほんらい明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように、特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであって、法一二六条二項にいう『実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの』であるか否かの判断は、もとより、明細書中の特許請求の範囲の項の記載を基準としてなされるべく、所論のように、明細書全体の記載を基準としてなされるべきものとする見解は、とうてい採用し難いのである。」と判示し、また、最高裁判所平成三年三月八日第二小法廷判決(民集四五巻三号一二三ページ)は、「特許の要件を審理する前提としてされる特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。」と判示し、東京高等裁判所昭和四五年一一月一七日判決(審決取消訴訟判決集昭和四五年一九七ページ)も、「およそ特許請求の範囲における用語は、特許請求の範囲に明記されているか、発明の詳細な説明に明確に定義されている場合を除き、これを限定的に解釈すべきでないことは、特許法七〇条の規定の趣旨に照らし明らかである。」と判示している。さらに、東京地方裁判所昭和三〇年九月九日判決(下民集六巻九号一八三七ページ)は、「明細書に用いられる用語は、元来それぞれの技術の分野における用語例に従うべきであり、特許の権利範囲の解釈にあたり、その用語の意義を一般の技術上の概念から切り離し、これを、ある限定された意義にだけ解釈することは、特別の場合のほか、妥当なものとはいえないことは、事の性質上、当然の理というべきである。」と判示しているのである。このように、明細書の特許請求の範囲に記載されている用語の意味は、発明の詳細な説明に定義されている場合を除き、特許請求の範囲の記載のみに従って解釈し、他の項の記載等を用いて限定的に解釈することは許されないと解するのが、判例の一貫した立場である。

3 これを本件について見ると、本件発明の特許請求の範囲の項には、「表面が平板状で、裏面には複数の嵌合用段部を形成してなる合成樹脂成形板本体の」と記載されており、「嵌合用段部」と「成形板本体」は、「形成してなる」という表現によって包含される手段又は構成によって関係づけられていることは明らかである。そして、右記載から明らかなように、同項には「嵌合用段部」と「成形板本体」を「一体成形」したものに限定する趣旨の記載は全くない。また、本件発明の発明の詳細な説明中には、「形成してなる」との用語の意味は明確に定義されておらず、逆に前後の文脈から判断して別個の部材が一体的に結合されて形づくられていることを示す意味で形成なる用語が使用されていることが明らかな箇所が五か所もあるから(三欄八行目、三欄九行目、三欄一八行目、四欄二三行目、四欄二八行目)、本件は、技術的範囲を画定するに当たり、特許請求の範囲の項の記載のみに従って解釈しなければならないことは明らかである。従って、右記載のみから判断すれば、成形板本体の裏面に複数の嵌合用段部を形づくる技術的構成はすべて「形成」という用語の意味内容に含まれると解すべきである。

そして、「嵌合用段部」を「成形板本体」に「形成してなる」という要件を「一体成形してなる」と限定して解釈することは、原判決の認定した本件発明の目的を考慮してもやはり困難であり、右解釈は採りえないことは明らかである。

即ち、原判決は、

「本件発明出願前公知の先行技術として、明細書(本件公報)によれば、合成樹脂材で一体的に成形されたパレットが存在したが、このようなパレットは、成形金型が複雑かつ大形となるばかりでなく、高価な成形機を必要とするため高価となり、更に形状が複雑になるため品質面において歪みやソリなどが生じ耐久性が低下するなどの種々の問題が残るという欠点があった。」「特公昭三六-二三二一八号公報に記載された荷積用パレットは、プラットホームに比較的大きな開口が穿設されるので成形後の成形収縮時にこの比較的大きな開口に起因するそりや歪みなどの変形が生じやすく、また、構造上前記開口がプラットホームの周辺部に設けられることが要請されるので強度上問題があるという欠点があるうえ、隔置柱が設けられている部分はパレットを着地させる際衝撃力が加わりやすく特にパレットが斜めに着地した際は衝撃力が極めて大きく比較的大きな開口が穿設されているため破損しやすいという欠点があった。」

「本件発明は、この欠点を解消したものであって、成形板本体に比較的大きな開口を穿設する必要が全くなくシンプルな形状ですむので、成形板本体を成形する際にそり、歪み等の変形が生じることなく強度上も極めて大きいものを得ることができる。」

と認定しているが、「成形板本体」に「嵌合用段部」を一体成形するとすれば、その形状はより複雑となることは明らかであって、成形板本体を成形する際のそり、歪み等の変形は、別個の部材をもって形成される場合より生じ易いというべきである。また、成形板本体に比較的大きな開口を穿設する必要がないことは、上部及び下部のプラットホームのすべての開口に挿入された一対のカップの円筒壁が隔置柱の内面に摩擦的に堅く嵌合するという引用公報に記載された構成を採用しなければ、その目的を達成しうるのであって、「嵌合用段部」を「成形板本体」に「一体成形してなる」と限定解釈する根拠となりえないことも明らかなのである。

更に付言すれば、原判決は、右限定解釈の根拠として、

「本件特許請求の範囲の構成要件A『表面が平板状で、裏面には複数の嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体の』にいう『嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体』という語は、通常、『合成樹脂製成形板本体』の一部分に『嵌合用段部』が形成されていること、換言すれば、『嵌合用段部』が『合成樹脂製成形板本体』の一部分をなしていることを意味するものと解される。」

こと及び本件出願前公知の先行技術及び引用公報記載の先行技術との対比を行なった上、本件発明が、

「成形板本体に脚部材の内径に等しいような開口を設けてここに成形板本体とは別個の部材を挿入することによって嵌合用段部を形成するような技術的思想とは全く相容れない。」

ことを挙げている。しかし、右のうち、前者については、「通常……意味する」と述べるのみで、何故そのように解されるか全く理由が述べられていないに等しく、他の解釈がなしうる場合の合理的根拠とはなりえないと考えられる。また、後者については、脚部材の内径に等しいような開口が実質的にどのような大きさか特定されなければ、このような結論自体が成り立たないものである上、本件発明が成形板本体に比較的大きな開口を設ける技術思想と全く相容れないことを述べたものにすぎず、成形板本体と別個の部材で嵌合用段部を形成すること自体は本件発明の技術思想とは全く相容れないことにはならないというべきである。よって、右に述べた二点は、いずれも限定解釈の根拠とはならないことが明らかであるから、原判決は、結局、実施例のみに基づいて、別個の部材によるものを出願人が意識的に除外しているとはいえないことが明らかであるにもかかわらず、本件発明の技術的範囲を実施例に限定して解釈するという誤まりを犯しているのである。

三、以上のとおり、特許発明の技術的範囲は、特許法七〇条により、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、発明の詳細な説明の項の記載等を考慮することは許されないと解すべきところ、原判決は、右法条の解釈適用を誤まった法令違背があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二、仮に、前述した法令違背の主張が認められないとしても、原判決には、本発明において成形板本体の裏面に形成される「嵌合用段部」は、成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定されると認定した点において、経験則違反ないし理由不備の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、仮に本件において、明細書の特許請求の範囲の項の意味内容を確定するために発明の詳細な説明の項の記載を考慮することが許されるとしても、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、本件発明において成形板本体の裏面に形成される嵌合用段部が成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定するような趣旨の記載はないにもかかわらず、原判決は、「第三 争点に対する当裁判所の判断」の「一、争点1について」において、発明の詳細な説明の項の記載を誤解して、本件発明において、成形板本体の裏面に形成される「嵌合用段部」は成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定されると認定したものであつて、原判決の右認定には、経験則違背ないし理由不備の違法がある。

二、すなわち、原判決は、右「一、争点1について」において、その根拠として三点を挙げて本願明細書の特許請求の範囲において成形板本体の裏面に形成される「嵌合用段部」は成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定されると認定しているが、右認定は、次のとおり論拠に乏しいものであって失当というべきである。

1 原判決な、「本件特許請求の範囲の構成要件A『表面が平板状で、裏面には複数の嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体の』にいう『嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体』という語は、通常、『合成樹脂製成形板本体』の一部分に『嵌合用段部』が形成されていること、換言すれば、『嵌合用段部』が『合成樹脂製成形板本体』の一部分をなしていることを意味するものと解される。」と判示している(三枚目裏六行目から最終行まで)。

しかし、右判決は、何故「嵌合用段部を形成してなる合成樹脂製成形板本体」という語が、換言すれば「嵌合用段部」が「合成樹脂製成形板本体」の一部分をなしていることを意味すると解されるのか、全く理由を述べていないに等しい。ここでは、形成という言葉の意味が問題となっているのであって、それ自体の意味として「別個の部材が一体的に結合されて形づくられていること」を示す場合があるか否かの判断が必要なのである。原判決の解釈論は、最も肝心な言葉の意味の確定を回避して、一方的な結論を導くための解釈論を展開しているにすぎず、失当である。

そもそも、形成という用語は「物事を統一してととのったものに形づくること」を意味するのであるから、それ自体の意味からして、「別個の部材が一体的に結合されて形づくられていること」を示す場合に使用することも可能と言うべきであり、出願人たる上告人も本件明細書において、実際にそのような意味にも使用していたのである。従って、用語の意味が何ら定義されていない本件においては、出願人が使用していた意味を含めて、用語本来の意味に解釈すべきであり、これを他の用語で表現される「一体成形」と読み替えて解釈すべきでないことは明らかである。

2 また、原判決は、「本件公報(甲二)によれば、明細書の発明の詳細な説明には、本件発明について『以下その具体例を図に基づいて説明する。』(2欄4行目ないし5行目)としたうえ、『第8図から第11図に示されるように、成形板本体2の下面には円筒状の脚部材3に軽く嵌合するような段部4'……が設けられている。』(同欄25行目ないし29行目)と記載され、更に、図面の簡単な説明において『第8図乃至第11図は本発明パレットの要部を示す拡大断面図である。』(1欄16行目ないし17行目)として、第8図ないし第11図には、いずれも前記段部4'が成形板本体の裏面にこれと一体成形されたもののみが示されており、嵌合用段部が成形板本体とは別個の部材をもって形成されたものを含むことを示唆するような記載は存しない。」と判示しているが(三枚目裏最終行から四枚目表一〇行目まで)、右判示にかかる部分は、いずれも本件発明の実施例を記述した部分であり、実施例は、発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないものであるから、このような部分のみを採り上げて「嵌合用段部が成形板本体とは別個の部材をもって形成されたものを含むことを示唆するような記載は存しない。」と論じても、本件発明において成形板本体の裏面に形成される「嵌合用段部」が成形板本体の裏面にこれと一体成形されたものに限定されると認定する根拠とはなりえない。むしろ、前述した実施例不拘束の原則に反した事実認定を行っていることを示すものと言わざるを得ないものである。

3 さらに、原判決は、「本件発明においては、合成樹脂製成形板本体の裏面に形成された嵌合用段部に、一端側に嵌合部を有する脚部材の嵌合部を嵌合し、同脚部材の他端側に右同様の成形板本体・帯状材・嵌合用段部を形成したキャップのうちの一つを嵌合して、これと脚部材及び合成樹脂製成形板本体とを固着連結してあるところ、右固着連結の方法としては、第8図ないし第11図に示されるように脚部材内に挿入されたボルト・ナットによるほか、接着剤による接着や溶着でもよいとの明細書の記載(3欄15行目ないし26行目)、及び引用公報記載の先行技術における、プラットホーム(成形板本体)の周辺部に比較的大きな開口が穿設されるがゆえにそりや歪みなどの変形が生じやすく強度上問題があり破損しやすいとの欠点を解消したとの前記記載に照らせば、右にいう『比較的大きな開口』というのは、脚部材(成形板本体との固着連結の安定上、相当程度の横断面積を有するものであることを要する。)の内径に等しいような開口をいい、本件発明においては成形板本体にそのような開口は存在せず、ボルト・ナットによって脚部材を成形板本体に固着連結する場合は成形板本体にはボルトを挿入するための孔が存在するのみであり、接着剤によって接着し又は溶着する場合は成形板本体には全く開口が存在しないものと解されるから、成形板本体に脚部材の内径に等しいような開口を設けてここに成形板本体とは別個の部材を挿入することによって嵌合用段部を形成するような技術的思想とは全く相容れないものといわなければならない。」と判示している(五枚目裏九行目から六枚目裏六行目まで)。

しかしながら、右判示部分のうち、「右にいう『比較的大きな開口』というのは脚部材の内径に等しいような開口をいい」という部分は誤りであるか、少なくとも不正確であると断ぜざるを得ない。なぜなら、原判決は、引用公報記載の先行技術との対比の結果、「比較的大きな開口」を「脚部材の内径に等しいような開口」と言い換えたと考えられるが、引用公報(甲第四号証)に記載する先行技術においては、脚部材たる隔置柱は、その第三図に示すごとく、中空の管状をなし、内径と外径の差は柱壁の肉厚程度の構造のものであり、原判決は、このような構造を前提として、「脚部材の内径に等しいような開口」と言い換えたはずだからである。仮に、内径と外径の差が柱壁の肉厚程度のものを前提としていないとすれば、中空でない円筒形の脚部材の軸心部にボルトの挿通孔を穿設した脚部材であっても、その挿通孔に対応する開口は、「比較的大きな開口」となってしまうが、このような結論が矛盾に満ちたものであることは明らかである。従って、原判決が右判示部分において「脚部材の内径に等しいような開口」と言い換えたのは、相当程度の横断面積を有する中空の脚部材を前提として、右横断面積と柱壁の肉厚程度の差しかない大きさの開口を表現するために言い換えたものと言わざるを得ないのである。むしろ、原判決の右言い換えを正しく表現するとすれば、「脚部材の外径とほぼ等しい大きさの開口」と表現した方が矛盾なく、又適切であると考えられる。

従って、原判決が右判示部分において「本件発明においては成形板本体にそのような開口は存在せず」と述べていることが、引用公報記載の脚部材を前提として述べているのであれば、そのような限定がないという意味で不正確であり、引用公報記載の脚部材を前提とせずどのような構造であっても内径と呼べるものがあればよいとの趣旨であれば、全く誤りと言わざるを得ない。

また、原判決は、右判示部分において「成形板本体に脚部材の内径に等しいような開口を設けてここに成形板本体とは別個の部材を挿入することによって嵌合用段部を形成するような技術思想とは全く相容れない」と結論付けているが、成形板本体に引用公報に記載されているような開口を設けることが本件発明の予定していないこととは言えても、脚部材の構造を限定せずに右のように結論付けることには論理の飛躍がある。そして、成形板本体とは別個の部材を開口に挿入することによって嵌合用段部を形成しても、その開口が脚部材の外径とほぼ等しいような比較的大きな開口でない限り、成形板本体に比較的大きな開口を穿設する必要が全くなくシンプルな形状ですむので、成形板本体を成形する際のそり、歪み等の変形が生じることなく強度上も極めて大きいものを得ることができるという本件発明の目的を達成することができることは明らかであるから、原判決の右結論部分の指摘は正しくない。さらに言えば、原判決は、右結論部分においてイ号物件のような構造のものは、本件発明の技術思想とは相容れないと述べようとしたものと推測されるが、本来イ号物件の構造との対比を離れて特許請求の範囲に記載する技術的範囲を画定すべき場面において、イ号物件の構造を持ち出してその理由付けとするのは論理矛盾もはなはだしい。例えて言えば、原判決は、「イ号物件のような構造のものは、本件発明の技術的範囲に属さないから、本件発明はイ号物件を含まないように限定して解すべきであり、従って、イ号物件と本件発明を対比しても侵害にはならない」というような循環論に陥っていると言わざるを得ないのである。

4 そして、原判決は、「本件発明において、脚部材に嵌合されるキャップは、成形板本体と同様、『嵌合用段部』が形成されるが(4欄41行目ないし42行目)、本件明細書中には、キャップ本体と別個の部材を用いて右『嵌合用段部』を形成するという技術的思想を窺わせる記載は何ら存在せず、かえって実施例を示す第11図には嵌合用段部が一体成形されたキャップが示されている。」と判示している(六枚目裏七行目から最終行まで)。

しかし、実施例は、発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないものであるから、実施例が一体成形であることは何ら限定解釈の根拠とはならないと考えられる。むしろ、本件公報中には、形成なる用語を別個の部材が一体的に結合されて形づくられていることを示す意味で使用している場合があるのであるから、形成という言葉の意味自体において、別個の部材を用いて「嵌合用段部」を形成するという技術思想は示唆されていると見るべきである。実施例が一体成形であっても前述したとおり、実施例のみに限定して特許発明の技術的範囲を定めてはならないのであり、出願人は、その発明について可能な限り最大限の保護を求めていると考えるのが自然つ合理的であるから、出願人が意識的に限定しているという事情のない限り、特許請求の範囲の記載はできるだけ広義に解されるべきである。従って、出願人がキャップ本体と別個の部材を用いて「嵌合用段部」を形成するという構成を排除していない以上、キャップ本体と同一の部材のみならず、別個の部材を用いて「嵌合用段部」を形成することも特許請求の範囲の「嵌合用段部を形成したキャップ」という記載の意味内容に含まれると考えて何ら差しつかえないのである。

5 また、原判決は、「控訴人は、甲第一〇号証の添付資料である文献『プラスチック成形品の設計』を挙げて、本件発明の出願時(昭和四五年一一月一二日)において、『複数の嵌合用段部を樹脂成形時に一体成形してなる合成樹脂成形板』は既に公知・慣用の技術となっていたから、出願時の技術水準を前提とすれば『嵌合用段部』が成形板本体と一体成形されるところに先行技術との相違点があると判断されることはなかったはずであると主張するが、右文献に記載されているのは、単に補強用のリブやボスを設けた成形品(積重ね可能な運び箱等)にすぎず、裏面に脚部材を嵌合するための嵌合用段部を一体成形した成形板本体ではないから、右文献をもって直ちに、荷積用パレットの分野において複数の嵌合用段部を樹脂成形時に一体成形してなる合成樹脂成形板が公知・慣用の技術であったと認めることはできず(他にこれを認めるに足りる証拠はない。)右主張は採用することができない。」と判示している(一〇枚目表五行目から裏六行目まで)。

しかし、右文献に記載されているのが補強用のリブやボスであるとしても、リブは肋骨状に面から突き出した突起を意味し(添付資料〈1〉)、ボスも鋳物またはプラスチックの突起物を意味するから(添付資料〈2〉)、いずれも段部であることに違いはない上、右文献(甲第一〇号証の添付資料(5))の一六七頁には、「側面および角が圧縮力に耐えるよう図5・17および図5・18のように四角にリブをつけ、その上に上部の箱がのるようにする」と記述され(一三行目及び一四行目)、図5・18のリブが積重ねた場合に嵌合する構成であることも窺える。また、甲第一〇号証の石原勝作成の意見書二二頁には、「『複数の嵌合用段部を樹脂成形時に一体形成してなる合成樹脂成形板本体』は、本件発明の出願時(昭和四五年一一月一二日)においてすでに公知・慣用の技術となっていた」と明快に論じられているが、原判決は、右意見書を何ら顧慮することなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないとしているのである。

原判決は、これらの点においても経験則に違背し、理由不備の違法がある。

6 さらに、原判決は、上告人が「本件発明は、前記構成要件A~Eを備えることによって、単一の金型でもって成形した成形板本体を用いて使用目的に応じた種々のパレット、すなわち、両面タイプ、片面タイプ、スキットタイプを形成することができ、多目的使用可能なパレットを提供できるところに特徴点を有しており、この点に当時の先行技術と比較して新規性及び進歩性が認められて特許されたものである」と主張したところ、「右主張は、引用公報記載の先行技術のプラットホーム(成形板本体)の周辺部に比較的大きな開口が穿設されるがゆえにそりや歪みなどの変形が生じやすく強度上問題があり破損しやすいという欠点を挙げて、本件発明はこの欠点を解消したものであるとする明細書や前記審判請求理由補充書の記載に反する」と判示して、その主張を退けている(一〇枚目裏七行目から一一枚目表六行目)。

しかし、上告人が原審において主張した右特徴点は、本件発明の明細書にも審判請求理由補充書にも記載されていることがらであり、この点に当時の先行技術と比較して新規性及び進歩性が認められたと考えることは、何ら明細書や審判請求理由補充書の記載に反するものではない。同じ明細書や審判請求理由補充書において、引用公報記載の先行技術のプラットホーム(成形板本体)の周辺部に比較的大きな開口が穿設されるゆえにそりや歪みなどの変形が生じやすく強度上問題があり破損しやすいという欠点も挙げ、本件発明はこの欠点も解消したものであるとも記述しているが、一つの特許の作用効果が複数あるということはありうることであるから、本件発明において、右主張にかかる特徴点を有すると共に引用公報記載の先行技術の欠点も解消したとするのは何ら矛盾するものではない。

7 なお、原判決は、甲第一五号証について「同図は、本件発明の実施例の第8図、第11図、甲第四号証(引用公報)の第3図、イ号物件の第3図を、脚部材(隔置柱、脚筒)の外径が単純に等しいものとしてそれぞれ簡略化して比較したものにすぎないから、直ちにイ号物件の開口が従来技術と比較すれば約三分の一の大きさであるとはいえない」と判示しているが(一二枚目一行目から五行目まで)、イ号物件の開口が外径の約三分の一であるのに対し、従来技術の開口が外径とほぼ同じであることは判断しうると言うべきであり、たとえ寸法に限定はなく、適当に選択できるとしても、脚部材自体、成形板本体との固着連結の安定上、相当程度の横断面積を有することが必要であるから、脚部材の外径との対比においては右比較は十分に意味を有するのである。そして、脚部材の外径との対比において、イ号物件の開口が従来技術の開口の約三分の一であることは作用効果に影響する重要な相違と評価されるべきであるが、原判決は、このような分析を怠って形式的な議論のみで判断していると言わざるを得ない。従って、原判決がイ号物件につき、先行技術の単なる延長上の域を出ないと認定したことも誤りであることが明らかである。

三、以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、特許請求の範囲の項の「形成してなる」を「一体成形してなる」に限定すべき趣旨の記載はないにもかかわらず、原判決は、発明の詳細な説明の記載ばかりか、イ号物件の構成をも考慮して、特許請求の範囲の項の「形成してなる」は「一体成形してなる」ものに限定されると認定したものであるが、右認定は、前記発明の詳細な説明の項の記載等の趣旨を誤解したことに基づくものであって、その論拠に欠けるものと言うべく、その結果、原判決は、右の点において経験則違背ないし理由不備の違法を犯したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上

(添付資料省略)

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